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旧郷社 窪八幡宮
  鎮座地 岡山市東区久保618番地  通称名 久保の宮
御祭神
 
ほんだわけのみこと おきながたらしめのみこと ちゅうあいてんのう いざなぎのみこと いざなみのみこと
品陀和気命(応神天皇) 息長帯姫命(神功皇后) 仲哀天皇 伊邪那岐命 伊那那美命
  ひめおおかみ        
相殿 姫大神        
社歴  
 
貞観元年 ( 八五九年)八月二十三日 創建。
​明治六年 (一八七三年)郷社に列せられる。
​明治四十年(一九一〇年)神饌幣帛料供進の神社に指定される。
明治四十三年(一九一三年)の神社合祀令により、西隆寺の村社 八幡宮、本村福治の村社 八幡宮を合祀し、今現在の御祭神となっております。


御由緒  
  第五八代清和天皇の御世、備前国上道群窪の庄内の領主であった藤原朝臣藤井左馬之進弘清が豊前国宇佐神宮を信仰し毎年参拝しておりました。
ところが、老年になって参拝が不自由になったため領内に八幡神を勧請して信仰を尽くそうとしました。
そこで窪庄内の氏神若宮の地に社殿を造営し貞観元年(西暦八五九年)八月二十三日、奈良大安寺の層 行教和尚に依頼し、豊前国に御鎮座されている、宇佐神宮を勧請し、窪八幡宮として崇敬し弘清及び窪庄内の人々の氏神としました。
この後、この勧請した神を主祭神とし、若宮を摂社として祭祀がなされるようになりました。
​同じく八幡神を祀るお宮として名高い石清水八幡宮の建立はこの翌年、鶴岡八幡宮は治承四年(一一八〇年)と三〇〇年後のことであります。​
当宮は古来より、武運・勝運の神として、時の領主や​武人の尊崇厚く、足利尊氏、赤松正則、松田元成、宇喜多​直家・秀家、池田光政など多数の参詣の記録が残されています。​
また、境内には地元㈱天満屋、両備バスをはじめ、京阪神、四国など全国各地から貴紳・豪商の参詣・寄進が名を列ねています。​
 
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